クリニック経営において、院長夫人が事務長として様々な形で診療所経営に関わることは、多くのメリットがある。
第一にクリニックが直面している経営環境の面から見ていくと、収益面は診療報酬の改定による収益力の低下が有り、事務長職を外部から雇用することなく、内部で経費化できること。
第二に、院長が抱える業務面での負担だけでなく、診療に係る以外の管理面として、『スタッフの採用』『教育育成』『処遇』といった、労務管理業務や経理会計業務が大きくなっている部分を、院長の近い立場で分担でき、院長の安心に繋がること。
第三に、所得を院長と奥様で分散しておくことで、相続も見据えた節税ができること。
上記のメリットを踏まえて、院長夫人に事務長としてクリニックの経営に関わってもらう際には、まず次の点を決めておく必要が有る。
(1)担当する業務の内訳
①医事、②経理、③取引先対応、④人事労務、⑤広報・集患、⑥接遇、⑦診療補助
に分類される中で担当する業務をきめていく。
(2)役割
① 院長の補佐的立場として、
② 経営全般を担当する、
③ 診療所経営には一切関わらず、事務的対応のみ行う
(3)クリニックでの勤務時間
① 診療日は基本的にクリニックに出勤する
② 診療日の半分程度はクリニックに出勤する
③ クリニックにはほとんど出勤せず、必要に応じて出勤する。
今回はスタッフとのコミュニケーションを円滑にしていく立場として、事務長の役割を考えていくと、担当する業務に『④人事労務』を含め、役割として『経営全般を担当する』か『院長の補佐的立場』を担うことになっていき、クリニックでの勤務時間は『診療日は基本的に出勤する』となってくる。
そのような院長を支える立場として、人事労務管理を担当される院長夫人が抱える悩みは、以下の三点が有ると考えられる。
(1)マネジメントスキル
院長夫人として事務長になるまでに、企業・医療機関において管理職としての経験を有し、マネジメントについて学ぶ機会を持つことが少ない。
(2)労務管理の難しさ
医療従事者固有の労務管理として、有資格者で専門スキルの集合体であり、院長・医師に対する対応と事務長に対する対応では大きな違いが有る。上司として認められるか。
(3)事務長としての役割の理解
事務長としての役割について、開業時からやるべき事を理解し、それを実践できる知識や専門性の無さ。
上記の課題に対して、院長夫人としてどのように取り組みをし、改善していくかが問われるが、医療経営や労務管理手法の研修や、事例として紹介する、院長夫人の会のような同じ環境にある仲間での情報交換や取組事例の学びを通じてマネジメントのイロハを知り、人間力を高めていくことが課題解決に向けての一つの手法である。
そういった学びを通じて自分自身を高めていく院長夫人の経営に対する考え方や、取り組みにより以下のような効果が見えてきている。
効果:
(1)院長の経営管理面の負担が軽減され診療に専念することが出来る
(2)上記(1)により、患者満足度が高まる
(3)人材の定着・成長が実現できる
(4)クリニックの経営が安定化する
実例として、院長夫人の会で学ばれているAクリニック院長夫人の取組は、経営面において、特に労務管理に関する部分に取り組みを行い、以下の通り、職場環境への配慮および体系的な労務管理により、ESを高める事から、CSの向上に繋げている。
(1)働きやすい職場への配慮
① 産休、育休の取得
⇒ 育休からの復帰後の短時間勤務制度利用中も、休業前の所得を補償
② おそうざい持ち帰りサービス
⇒ ちゃんと調理した心のこもった料理を持ち帰ってもらう
③ 年休の取得
⇒ 子どもの学校行事に参加するための年休取得を奨励
⇒ 健康と家庭生活を充実させるため、年次休暇の計画的取得を奨励
⑤ 永年勤続表彰:10年勤務でカルティエの腕時計
(2)労務管理で取り組んでいる4つのポイント
① 人材育成:オリジナル研修
⇒ 一般的な外部研修への参加だけでなく、講師を招いての院内でのCS研修や、ディズニー・一流ホテルでの宿泊研修を行い、医療技術・知識だけでなく、様々な形でスキルアップが出来る取組を行っている。
② 人事の仕組み:キャリアプランの明示
⇒ クリニックでの勤務を通じて、ただ与えられた職務をこなすのではなく、将来を見据えたスキルの習得や役割の変化の共有
③ 福利厚生の充実:リゾートホテル会員制度
④ 職場環境の整備:定期面談・制服支給
⇒ 定期面談には特に力を入れており、定期的に話をしていくことで、職員さんの変化・抱えている悩み事などを常に把握していく
(3)奥様のクリニックへの影響力についての自覚
① 奥様(事務長)が変わると、スタッフもクリニックも変わる
② 奥様(事務長)がクリニックで役割を果たすには『人間力の向上』が求められる
③ 経営と診療の分担について、責任をもって役割を果たす。
⇒ 税務対策にもなる
様々な事例や院長夫人の会でのアンケートなどから、特に、『労務管理面』において、良い事例・考え方を学び、役割として家族的に職員を支えていく視点に気付き、人間力を高めていくことが重要となる。院長夫人のそのような取組が、自院での人事労務に大きく影響し、人材の定着・貢献などの安定度が大きく変わってくる。
事例のように経営管理に積極的に関わり、労務管理が上手くいっている院長夫人がいる一方、労務管理が上手くいかない院長夫人が居ることも事実であり、その違いについても押さえておく事項である。
労務管理は、『人』そのものを扱う仕事であり、重要な点は以下にあると考えられる。
(1)コミュニケーションスキル(特に傾聴力)、
(2)立ち位置(職員と同じ目線まで降りて話しているか)、
(3)周りを巻き込む力(第三者の目線・発言を円滑な労務管理に活かす)
(4)職員の良い点・頑張っている点・成長している点を認める
(5)第三者(税理士・コンサル・社労士)の活用
上記のポイントが押さえられず、職員と頻繁にトラブルになっている院長夫人が居ることも事例として有り、そういったケースでは本人の振る舞い、言動に問題のあることが多く見られる。
職員とのトラブルでよく相談頂く内容は、『職員が指示など言う事を聞かない』というものである。その際には、面談の機会を設け、面談に同席して対応を考えていくケースが多いのですが、多くの原因は、院長夫人(もしくは院長)と職員とのコミュニケーション不足に有り、その指示に対する理解・納得が進まない状態となり、その状態に不満を抱いているのである(問題の一部は職員の気質、価値観が原因であるものも当然有る)。面談の中で、双方の話を聞きながら、課題になっている点を整理し、その課題を話合っていくと解消され、しっかりと仕事に向き合ってくれる。
院長夫人が労務管理を上手く行うためには、コミュニケーションの取る機会を作っていく点と、職員の能力向上を図っていくことにある。それを実現する一つの手法として、業務目標シートを利用した定期的な面談機会の設置にある。業務目標シートの目的は、点数化ではなく、次のステップに向けた課題の確認と取組事項の共有である。評価という一つの基準をもとにコミュニケーションが図れるため、感情論での話ではなく、より具体的で実務的な話ができるものである。