Q:平成27年度よりストレスチェック制度が始まるなど、メンタルヘルスに関するクリニックが行うべき事や、クリニックが抱えるリスクはどのようなものがありますか。

A:近年、厚生労働省よりメンタルヘルスに関する法令やガイドラインが発令、改正され、クリニックにおけるメンタルヘルスケアが重要な課題とされています。クリニックは、これらを順守するために、内容を認識し、各職場の実態に即した形で積極的に取り組む必要があります。.

職場におけるメンタルヘルスは、個人ではなくクリニック全体で取り組むべきリスクマネジメントであり、一つの大きなプロジェクトと解すべきものではないでしょうか。

職場におけるメンタルヘルスを取り巻く法令・指針は時代の変化とともに随時改正されていきます。日頃から、進んで知識を取り入れる意識を持つことが大切です。

(1)労働安全衛生法とは

労働安全衛生法は、労働基準法と相まって、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境を形成することを目的として定められています。法人は、労働災害を防止するために、労働安全衛生法で定められた最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境をつくり、労働条件を改善することで、労働者の安全と健康を守らなければならない、と定められています。

(2)使用者の安全配慮義務

平成20年3月に施行された労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と、使用者の労働者に対する安全配慮義務(健康配慮義務)を明文化しています。

これまでは、危険作業や有害物質への対策など、労働環境の整備等、労働者の怪我を防止することを中心として捉えられてきましたが、社員の健康の確保など、メンタルヘルス対策も使用者の安全配慮義務に当然含まれると解釈されています。

労働契約法には罰則がありませんが、安全配慮義務を怠った場合、民法第709条(不法行為責任)、民法第715条(使用者責任)、民法第415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例が多数存在します。

(3)安全配慮義務の具体的内容

安全配慮義務の具体的内容は、個別の事情により異なりますが、過去には、うつ病により従業員が自殺した事例で、安全配慮義務の内容について以下のように裁判所が判断した例があります。

・通常時以上に健康状態、精神状態等に留意し、過度な負担をかけ心身に変調をきたして自殺をすることが無いよう注意するべき義務

・事業所側は労働者の業務継続が困難と考え、異動を検討していたのであるから、その時点で労働者に休職を命じるか、業務負担の大幅な軽減を図るなどの措置をとるべき義務があった

このように、安全配慮義務の具体的内容は、個々の事業場によって異なり、その判断には専門的知識が必要です。

 

(事例) A(N製作所)うつ病自殺事件

東京高裁 平成21年7月28日 労判990号

【概要】.

Cさんは、業務請負会社である株式会社Aに就職し、株式会社Nの工場において、勤務していました。

十分な支援体制がとれていない状況下において、過度の仕事量、また、長時間に及ぶ拘束に縛られ、身体的精神的な負担を伴いながら勤務していました。更に、正社員でないために、解雇への不安も重なり、自殺により死亡しました。

 

【裁判の結果】.

裁判長は「不規則、長時間の勤務で、作業内容や閉鎖的な職場の環境にも精神障害の原因となる強い心理的負担があり、自殺原因の重要部分は業務の過重によるうつ病にある」と指摘しました。

また、「人材派遣、業務請負など契約形態の違いは別としても、両社は疲労や心理的負担が蓄積しすぎないよう注意すべきだった」と安全配慮義務違反を認定しました。

結果、両社に損害賠償の支払を命じました。実質的な派遣労働者の過労自殺を認め、賠償を命じた判決は初めての事例です。(過労死弁護団全国連絡会議).

 

使用者は、安全配慮義務とならんで健康配慮義務を疎かにすると、高額の損害賠償金を請求されることもあります。法人のリスク管理上真剣に取り組まなければ、法人の存続に関わる問題であると言えます。

(4)法人のリスクマネジメント

事業所が必ず加入している労災の補償制度による補償には、精神的損害(慰謝料)などは含まれません。

このため、近年、遺族が法人に過失・安全配慮義務違反があったと考える場合、行政訴訟(労災認定)とは別に、民事訴訟を提起するケースが急増しています。

法人は、リスクマネジメントの重要性についてしっかり認識することが重要です。

損害賠償請求に至った判例をご紹介します。

 

(事例)Cフーズ店長うつ病自殺事件(過重労働)

京都地裁―平成13年(ワ)1607号

【概要】.

飲食店の店長であるAさんは、長時間労働、過重労働のため、疲労困憊した毎日を送っていました。しかし、使用者であるB氏は、Aさんの状態を知り得たにもかかわらず、何の措置もとらない上に、売上減少の回復努力、本人の望まない配転命令を課していたのです。この状況からAさんはうつ病を発症し、自殺しました。.

 

【裁判の結果】.

逸失利益5,312万余円(67歳まで就労可能であることを前提)、死亡慰謝料等2,600万円の支払いを命じました。

 

リスクマネジメントを怠ると、巨額の請求だけでなく、キャリアや人材の損失、職員のモラルの低下、社会的信用の低下といった様々なデメリットが発生します。

クリニックは、労働者のメンタルヘルスの状態を常に把握しておくことが大切となります。

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